英文契約書の単語・用語   一見すると問題がないような訳文にある落とし穴「~に先立ち」の例ほか

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和文英訳について最近気になったことを2点ほど書いてみました。

1.一見すると問題がないような訳文にある落とし穴

上記の例として、「~に先立ち」を英訳する場合、機械的に「prior to」にしてしまいませんか。そうでない場合もあるんです。これはなぜか人間でもAIによる翻訳でも以外と目につく事柄です。とくに長文を英訳する際に顕著にみられます。

例えば、長文の一節で「xxxをAに先立ちBに支払う」という場合、対応する英文が「xxx is paid to B prior to A」とすることがあります。この文章が入っている原文が長いと、翻訳文も長くなり、語句を挿入する必要もあって、人間やAIを問わず、機械的に「prior to」と訳す例が見られます(あくまで個人的な感想です。もちろん正しく訳されている場合もありますが)。

なるほど、「prior to」は「~に先立ち、~より前に」という意味合いですので、「~の前に、~に先立って」と時間的な順序、ある出来事が他の出来事よりも前に行われたことを表しているため、問題はないように思われます。

短い文章でしたら、間違えることはないと思いますが、上記の原文の「~に先立ち」は、「A」より「B」を優先して「xxx」を支払うという意味の「in preference over」が正しい解釈です。

「先立ち」の訳は、「in preference over」と「prior to」はどちらも、「~より前に」ですが、日本語では、文脈によりその意味合い、その使い方が異なっています。

「in preference over」は、選択肢を比較して、比較対象を明確にし、どちらを好むか、どちらを優先するかを表す際に使う「~を好んで、~よりも優先して」であり、どちらをより重視するかを強調する表現です。

「in preference over」の例:

I prefer mathematics in preference over physics. (I prefer mathematics to physics.)

In the mornings, I drink coffee in preference over tea.

We decided to walk in preference over taking a taxi.

一方、「prior to」の場合は、選択肢の比較ではなく、単に時間的な順序、時間的な先行性、ある出来事や行為が他の出来事や行為よりも「前」に起こったことを示します。

「prior to」の例:

Prior to the meeting, we had dinner.

We should prepare that everything is ready prior to the meeting.

Do we have enough time for tea or something prior to departure?

2.文節をどこで切るかにより誤訳を生じる例

以下に示す例も間違いやすい文章です。

「給付を受けた金銭以外の財産の給付があった日における当該財産の価額(会社計算規則第14条第1項第2号)」

今回は、論点がわかりやすいのでこの例を使用させていただきます。

さて、質問ですが、「金銭以外の財産」は、これを翻訳する際にどこで区切るのでしょうか?

この場合の文節を区切る場所は、「金銭以外の//財産」または「金銭//以外の財産」のどちらでしょうか?

金銭以外の/財産(金銭でない財産(例、切手、古銭等の現物資産で形のある実体を持った資産))にするか、金銭/以外の財産(金銭を除く財産(預貯金、株式、債券等の金融資産でない財産))にするかで、意味が大きく異なり、これに従って、翻訳は大きく異なります。とどのつまり、ここでは、英語の翻訳以上に日本語の解釈が非常に重要な要素になります。

区切り方により、その訳は、Non-monetary assetsまたはassets other than moneyとなり、内容が、全然、違ってきます。

これも人間やAIを問わず、「Non-monetary assets」と訳すケースが多々あります。

契約書の主たる目的は、後々の金銭的なトラブルを回避し、契約の目的を履行することです。契約内容、特に、金銭面をもれなく、明確に、誤解を生じることがないように記載することです。

契約書翻訳のなかでも特に和文英訳の場合、日本語の意図、文脈を正しく把握し、適切な訳語(この場合英語)を使用するために、その英語が日本語の意図、文脈を正しく体現していることを確認することが求められます。

では、猛暑が続きますが、この暑い夏を乗り切りましょう。

本ブログは筆者の覚え書きのメモとして書かれてています。本ブログの内容を参考にされる場合は、辞書・専門書をご確認の上、ご自身の責任でお願いします。無断転載はご遠慮ください。
その他AI翻訳による翻訳文を原文と対比して校正するポストエディットも承っております。

参考図書:

ラダムハウス英和辞典(小学館)
日本法令外国語訳データベースシステム他

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